「若い頃にね、古い造り酒屋の畳の下から出てきた柿渋塗りの和紙を見る機会があったんです。その美しいこと。色褪せも虫食いもなく、まるで革のようでした。自然の力はすごいなあってそれが柿渋との出会いです」と語る染里さん。ここは新見市哲多町、まわりを深い木々に囲まれた染里さん自慢の工房だ。
「柿渋は元来『染め』ではなく『塗り』専用の塗料です。繊維そのものに染み込ませる技法は歴史上なかったんです。とにかく独学ですよ。道筋が見えるのに五年かかった。当然、その間は米が食えなかった。飯じゃないですよ。米です。その頃は野山の山菜ばかり食べてましたね」。染めの作業には、根気が必要。一枚染めるのに短くて三年、長くて七年を費やすという。誰もやっていないなら、俺がやってやろう、それが染里さんの魂だ。「作品を作るうえで、私が大切にしていことが三つあります。一つは『繊維を傷めないこと』。なぜなら染めにとって繊維は家でいう土台、基礎がガダガタだと長持ちしないでしょう。二つ目は『色が長持ちすること』。染めの色は、草木の命が変わったもの。色は命そのものなんです。大切にするのは当たり前です。三つ目は『健康にいいこと』。藍染めなどはマムシ除けですよね。外敵から身を守る。それと一番大事なのは、色は色。男と女、生命の誕生ですよ。赤ちゃんっていうでしょう」と悪戯っぽく笑う染里さん。「いまだに完成していない、だから面白い」。染里さんの挑戦は、まだまだこれからだ。