障がい者と健常者が当たり前のように笑い集うフィールド。
ブラインドサッカーチーム「岡山デビルバスターズ」。
梶谷「岡山にチームを立ち上げた、きっかけをお聞かせください」。
安藤「まずは私の話になりますが、中学の頃、右目を失明、左目はコンタクトレンズを入れて0.3で視野は半分。いわゆる弱視ですが、それでもサッカーを続けたくて、2005年に東京のブラインドサッカーチームに参加しました」。
梶谷「もともとサッカーをされていたんですね」。
安藤「はい、キャプテン翼世代ですから(笑)。その後、2011年トルコで開催された世界選手権で、日本代表コーチとして帯同しました。その時、周りから『岡山にチームを作らないの?』と聞かれて、『じゃあ、瀬戸内海に面した県で、桃太郎カップを作ろう』みたいな話になって、そこからチーム発足に向けて動き出しました。チームの誕生自体は2015年です」。
梶谷「そうでしたか。梶野さんもサッカー歴は長いんですか」。
梶野「始めたのが中学生の頃ですから、もう42年になります。今でも岡山県リーグの50歳オーバーでプレーしています。岡山大学サッカー部を経て、就職先の企業で30年間の東京勤務。その後、岡山に戻ってくる際、『自分はサッカーに育ててもらった。岡山に帰ったらサッカーで地元に貢献したい』と思い、たまたま奉還町でチームのポスターを見かけて(笑)、安藤監督に直接連絡してチームに参加しました」。
梶谷「梶野さんご自身は健常者ですが、実際に体験してみて、健常者のサッカーとブラインドサッカーの違いをどう感じましたか?」。
梶野「はっきり言って全然別のスポーツです。まずは鈴が入っているのでボールが固い。サッカーはフェイントなどで相手をかわしますが、ブラインドサッカーは相手にぶつかるのが当たり前です」。
梶谷「正直、健常者と障がい者が一緒にプレーするのを知りませんでした。チームは年齢層含めて、どんな構成ですか」。
安藤「今は16歳から55歳、ちなみに55歳は梶野さんですが(笑)、幅広い世代が集まっています。うちの特徴としては、視覚障がいや精神障がい、知的障がいなど、様々な障がいを持った方が集まって楽しくやっているところですね。これは全国でもめずらしいケースだと思います」。
福島「体験練習の中に、一人がアイマスクをしてもう一人と声を掛け合うメニューがあるんですが、視覚障がいを擬似体験してもらうことで、健常者の方は、適切な声掛けや支援の仕方、コミュニケーションの大切さを学ぶことができます」。
梶谷「岡山デビルバスターズには、様々な垣根を越えて、いろいろな人材が集まっているんですね。ブラインドサッカーを一緒にやることで、お互いの強い所を生かし合い、一人ではできないことができるようになっている。そして皆さんがそれぞれ楽しんでされているのが素晴らしいですね」。
梶野「メンバーはみんな個性的です。自分ができることはこれ、できないことはこれ。みんなそれぞれ違いますが、お互いが得手不得手を補っていけばいいと思っています」。
梶谷「ブラインドサッカーは、2020年のパラリンピック正式種目ですから、注目度もさらに上がるはず。チームのさらなる飛躍を期待しています。 本日はありがとうございました」。
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