テクニックだけじゃない。その人のハートが音になる。

奈良時代に中国から伝わり、貴族など上流階級で嗜まれていた筝。岡山は人間国宝にもなった筝曲家・米川文子を輩出するなど、全国でも筝が盛んな地だという。現在、筝曲演奏家として日本だけでなく、ヨーロッパでも演奏・指導を行なっている山路さん。今回取材に伺った際も約半年間のヨーロッパ演奏から帰国して間もない時だった。「二歳の頃、母の稽古のお供をしているうちにごく自然に筝の音に親しんでいました。五歳で習い始めた時の師匠は竹田登代寿先生。優しく穏やかなお人柄で夏休みには一日中先生のお宅で過ごしました(笑)。」大学は東京藝術大学へ進み、筝曲生田流を専攻する。一生懸命に取り組んだ大学時代だったが、大学院の受験に失敗。山路さん曰く、大学院の試験では『判で押したような演奏』しか評価されず、精神的にも辛かったそうだ。その後、二四歳の時、演奏で訪れたイギリスのホテルで著名な日本人レーシングドライバーに出会う。彼曰く、「僕はクルマを動かす職人、あなたは筝を弾く職人、やっていることは同じですよ」。レースの最前線で命をかけて戦う彼の言葉に発奮した山路さん。「帰国してからコンクールを受けまくりました(笑)」。その後、登竜門ともいえる『長谷検校記念・全国邦楽コンクール』で見事チャンピオンに輝き、演奏家としての地位を不動のものにした。「筝の魅力は『倍音』。特に海外では立体的に響く音に『心地よかった、癒された』と言われる方が多いですね」。朗らかな笑顔で楽しいエピソードを次々と語る山路さん。今後は、トルコやコロンビアでの演奏も予定されている。日本人の情緒、感性を伝える山路さんの旅は続く。

 

箏曲演奏家
山路みほ

1972年尾道市生まれ。1974年から倉敷市に在住。5歳から箏を始める。東京藝術大学音楽部卒業後、箏曲家・沢井一恵に師事。1999年に全国邦楽コンクールで優勝ほか受賞多数。国内外で公演・指導を行なう。東京藝術大学音楽部同声会会員、岡山大学非常勤講師、沢井箏曲院準会員。

筝の素材は桐、気温や湿度によって音が変わる。寿命は20年程。乾燥したモスクワでは「割れていました(笑)」。
文化庁文化交流使として1〜6月はヨーロッパ10カ国26公演のツアーに。スロバキアではスタンディングオベーション!