自然に無理なく、心を込めて。今日も淡々と漆に向き合う。

 酪農家の長男に生まれた山口さんが漆に出会ったのは中学の時。「最初の半年は漆にかぶれ、そのうち心がかぶれてしまいました」と笑う。一九六七年 に「戦後岡山漆芸の祖」と称された難波仁斎さん(1903〜1976年)が作った「描蒟醤呼月卓」を見て弟子入りを直訴、快く受け入れられ、その後、難波さんが亡くなるまでの10年を共に過ごした。「難波先生から学んだのはデザインでした」と言う通り、蒟醤、蒔絵、螺鈿など、多彩な技法を経験した山口さんはやがて独自の技法「油枩堆錦」を生み出すことになる。16歳で漆芸の世界に入り、以来十数年、30歳の頃である。
「堆錦は琉球漆器の技法、それを学ぶために沖縄へ行きました。まだパスポートが必要だった頃です。ところが現地で学んだ技法を本土で再現したら漆が固まらない。日本中の漆を試行錯誤して備中漆が270℃の加熱に耐えることを発見、堆錦として固まらせることに成功したんです」と語る。「油枩堆錦」と名付けたこの技法は、本土では山口さんのみが使い手。それらの作品は日本伝統工芸展などで高く評価された。
 その後、山口さんは衰退する備中漆の行く末を危惧、当時の長野士郎岡山県知事に進言し、自らも私費を投じて土地を購入、漆を植栽するなど、復興へと尽力してきた。「自然に無理なく、心を込めて。難波先生の言葉です。作品に対峙するときはいつも心に留めています」。2004年に発足させた「鬆漆の会」では約20人の生徒に漆の技を伝えているという山口さん。今、気になるのは琳派。「挑戦してみたい」そうだ。71歳の今も制作意欲はますます旺盛。今後の作品が期待されている。

 

漆芸家
山口松太

1940年、倉敷市生まれ。1966年香川県漆芸研究所に入所。のちに難波仁斎に師事。岡山県美術展覧会、日本伝統工芸展ほか受賞多数。1995 年岡山県指定重要無形文化財保持者認定。2003年紫綬褒章受章。
岡山市北区大和町1-6-21
TEL.086-222-5030